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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)54号 判決

原告 鈴木トメ子

被告 四谷税務署長

訴訟代理人 光広竜夫 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

(原告)

「被告が原告に対し昭和三九年五月三〇日付でした原告の昭和三七年分所得税の更正処分および過少申告加算税賦課決定のうち、東京国税局長の審査裁決によつて維持された部分は、更正処分にあつては課税所得金額一、四九二万三、五八二円を超える限度において、また、過少申告加算税賦課決定にあつてはその全額を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決。

(被告)

主文と同旨の判決

第二原告の請求原因

原告は、東京都新宿区白銀町二一番地において、訴外町田新一郎から木造二階建家屋を賃借して割烹旅館名儀で麻雀業を営んでいるものであるが、昭和三七年中、右事業による収益二七七万八、〇〇〇円があつたほか、帝都高速度交通営団(以下営団という。)から、同営団が右建物の敷地約四五坪(一四八・七六平方メートル)のうち道路に面する調理室および玄関の部分二・三八坪(七・八六平方メートル)につき、一九か月間にわたつて実施する地下高速鉄道第五号線津久土工区の地下鉄工事の補償金として合計二、一〇三万六、二六七円の支給を受け、その内訳の名目は「営業補償金」二、〇九七万二、七〇一円、「土地一時使用料」一万三、五六六円、「見舞金」五万円となつているが、実質上営業損失補償金に該当するものは、後記叙説のごとく、三六九万〇、四六五円にすぎず、「見舞金」を除くその余の一、七二九万五、八〇二円は、原告の建物改造のための贈与金である。そこで、原告は、同年分の所得税につき、事業所得として事業収益二七七万八、〇〇〇円と実質上の営業損失補償金三六九万〇、四六五円の合計六四六万八、四六五円、一時所得として右贈与金一、七二九万五、八〇二円からこれを取得するに要した費用三五万円および控除金額一五万円を差し引いた一、六七九万五、八〇二円の半額八三九万七、九〇一円、雑所得として五万七、二一六円、総所得金額一、四九二万三、五八二円と申告した。

ところが、被告は、営団の補償金額算定方式に従い、原告の昭和三七年一月から同年五月までにおける月平均の売上高を帳簿記入売上高二五三万七、九九四円に簿外売上高二八六、〇〇〇円を加算した二八二万三、九九四円、右売上高のうち麻雀席料六八万二、五〇〇円(一人当り六五〇円に顧客数一〇五〇を乗じた金額)を控除した金額の六三・五パーセントに当たる一三五万九、八四八円と右麻雀席料との合計二〇四万二、〇〇〇円(但し、三四八円は、切り捨て。)が一か月当たりの収益額であると算定し、これに顧客の減少による減歩率五二パーセントを乗じた金額の工事期間一九か月分に当たる二、〇一七万四、九六〇円が減歩補償金、また、休業期間を二〇日とみて、休業期間中の月平均純益八一万六、八〇〇円(右収益額の四〇パーセント)と人件費二八万五、八八〇円(同一四パーセント)に営業費七三万五、一二〇円(同三六パーセント)、雑費二〇万四、二〇〇円(同一〇パーセント)の各一割を加算した金額の三〇分の二〇に当たる七九七万七四一円が休業補償金、右減歩補償金と休業補償金との合計二、〇九七万二、七〇一円が営業損失補償金となるので、原告が営団より交付を受けた「営業補償金」二、〇九七万二、七〇一円は、名実ともに、原告が地下鉄工事によつて蒙るべき営業上の損失に対する補償金であり、そして、営業損失補償金と見舞金は、旧所得税法施行規則(昭和四〇年大蔵省令第一一号による改正前のもの。以下旧施行規則と略称する。)七条の一一にいう「当該事業の全部又は一部の休止に因り、当該事業の収益の補償として受ける補償金その他当該事業に関して受けた収入金額で、当該事業の遂行に因りて生ずべき」事業による収入金額に代わる性質を有するものに該当し、旧所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの、以下旧所得税法という。)九条一項四号の事業所得であり、したがつて、一時所得は零、また、前記「土地一時使用料」は、同条一項三号にいう不動産所得であるとそれぞれ認定し、昭和三九年五月三〇日付で右事業所得金額を二、三八〇万七〇一円、不動産所得金額を一万三、五六六円、課税所得金額を二、三六一万六、四〇〇円、税額を一、一八二万五、三四〇円と更正し、あわせて、過少申告加算税二五万五、一〇〇円の賦課決定を行ない、該更正処分および賦課決定は、東京国税局長の審査裁決によつて、前記「見舞金」が慰籍料として非課税であり、したがつて、事業所得法は二、三七五万〇、七〇一円、課税所得は二、三五六万六、四〇〇円、税額は一、一七九万五、三四〇円、過少申告加算税額は二五万三、六〇〇円と各減額されて維持された。

しかし、本件更正処分および賦課決定は、以下の理由によつて違法である。

一、そもそも、営業損失補償ないし収益補償なるものは、事業者が当該事業を遂行することができないことによつて受ける公法上の損失補償であるから、当該事業の遂行によつて生ずる継続的収入たる事業所得とは、その本質を異にするものであり、事業所得を定義した旧所得税法九条一項四号も、営業損失補償をもつて事業所得とはしていない。しかるに、同法施行規則七条の一一は、前記のように規定し、得べかりし事業収入に対する補償金で事業収入に代わる性質を有するものを事業所得としているが、同条項は、法律でない一政令によつて課税物件を創設し、国民に新らたな租税を課するものであるから、憲法の保障する租税法律主義に違反して無効である。

また、原告が営団から支給を受けた「右土地一時使用料」名義の金員は、その支給の対象となつた土地が、原告の所有地でも賃借地でもなく、原告が事業所の建物を賃借することによつて使用しているにすぎないものであるから、旧所得税法九条一項三号所定の不動産所得に該当せず、本質的には、原告が調理室および玄関の一部を約一週間にわたり自由に使用収益することができなくなつたことに対する慰籍料か原告の右建物賃借権の侵害に対する損害賠償であるところ、原告が本件補償金額の妥結に際し五万円の慰籍料の支給を受けることによつてその余の慰籍料請求権ないしは損害賠償請求権を放棄したことに徴し、これらに当たらないことも明らかであり、後段叙説のごとく、その名目の如何にかかわらず、建物改造のための贈与金の一部であると解するよりほかはない。

二、仮りに旧施行規則七条の一一が違憲でないとしても、

(1)  被告の算定に係る原告の帳簿記入月平均売上高の中には、遊興飲食税一八万〇、九九三円、自動車代三一万五、五四六円、土産品代九万九、九三二円、満貫賞四万九、四四四円、賞品代一万一、三九八円、たばこ代五万二、三七二円、その他二万六、九八四円が含まれているが、これらの金員は、仮受金又は立替金であるから、原告の右期間中における月平均の売上高は、一八一万六、七四四円にすぎず、これより諸経費一〇三万九、八〇二円を控除した七七万六、九四二円が一か月当たりの収益額である。

(2)  また、減歩にしても、営団の地下鉄工事が行なわれるのは、前記敷地四五坪(一四八・七六平方メートル)のうち調理室および玄関の部分二・三八坪(七・八六平方メートル)にすぎず、しかも、それが函型ずい道施行法によつて行なわれるため、右事業所自体の蒙る被害は、それほど大きいものではなく、営団も、当初収益額の約二五パーセントとみて八〇〇万円から一、〇〇〇万円位いの補償をするといつていた事実がある。

(3)  さらに、右一九か月の減歩補償に加わえて、その期間中の二〇日間につきかさねて休業補償をしていることも、合理的な根拠に欠けるばかりでなく、そもそも、原告の事業所についてみれば、工事はせいぜい一週間程ですむのに一九か月という全工事期間にわたつて工事が施行されるとして減歩補償金額を算定したことは、納得できない。

以上のように、原告の実際の収益額ないしは損失額が前記算定額よりもはるかに低額であるにもかかわらず、営団が原告に対して「見舞金」五万円のほかに合計二、〇九八万六、二六七円という多額の金員を「営業補償金」および「土地一時使用料」の名儀で支給したのは、次のような特殊事情によるものである。すなわち・原告は、地下鉄工事により事業所附近の交通に障害が生じ、自動車の乗入れは困難となり、そのためにせつかく獲得した一流会社、銀行等多数の固定客を永久に失なうことを慮れ、工事期間中も、願客の四散を妨ぎ従来どおりの営業を維持するため自宅を麻雀営業に適するように改造したいと考え、営団に対し右事情を訴えて、営業補償とは別に、建物の改造に要する費用を是非補償してもらいたいと申し入れ、数次にわたり営団の用地補償担当理事加藤清一らに懇請をかさねた結果、営団は、原告に対し建物改造費をも含めて、「営業補償金名儀」で金二、〇九七万二、七〇一円「土地使用料」名儀で金一万三、五六六円、合計二、〇九八万六、二六七円を交付したのである。したがつて、右二、〇九八六、二六七円のうち事業所得たる実質上の営業損失補償金は、原告の昭和三七年分の月平均収益七七万六、九四二円に滅歩率二五パーセントを乗じた一九万四、二三五円の一九か月分に当たる三六九万〇、四六五円にすぎず、残余の一、七二九万五、八〇二円は、建物改造のための贈与金であつて、旧所得税法九条一項九号所定の一時所得である。

以上いずれの理由からみても、本件更正処分および賦課決定は、旧所得税法九条一項三号、四号、九号および旧施行規則七条の一一の解釈適用を誤り、ひいては憲法の保障する租税法律主義に違反した無効のものであるから、請求趣旨記載の判決を求める。

第三被告の請求原因に対する答弁

原告主張の請求原因事実のうち、売上高、経費、収益の各金額および減歩率が原告主張のとおりであること、また、「土地一時使用料」が建物改造費であり、「営業補償金」の中に建物改造費が含まれている点は否認するが、その余の事実は認める。なお、原告の法律上の主張はすべて争う。

(1)  「土地一時使用料」は、その支給の対象たる土地が借地ではないが原告において占有権を有しているところから、支払われたものであり、したがつて、旧所得税法九条一項三号の不動産所得に該当するものというべきである。

(2)  被告の算定に係る月平均売上点の中に原告主張の立替金が含まれているとはいえ、これに見合う金額が経費として計上されているから、売上高に立替金が含まれていることによつて原告の月平均収益額の算定に不当な結果を与えるものではない。

(3)  また、一か月当りの収益額の算定にあたつて売上金額から麻雀席料を控除したのは、麻雀席料については仕入原価を考える余地がないからであり、売上金額から麻雀席料を控除した残額が売上金額であるが、その利益率を六三・五パーセントみたのは営団が利用していた営業別所得率等資料の割烹旅館の利益率によつたのである。

(4)  減歩率につき営団は、当初これを二、三割とみてこれによる減歩補償金額を原告に示したことはあるが、原告の強い反対にあい、再度検討を加えた結果、原告の得意先が一流の銀行、会社等の固定客であるという特殊性を考慮して、地下鉄工事により収益額が半減するものと判断し、最終的には、原告との話会いにより減歩率を五二パーセントと決定したものであつて、もとよりその率は、相当というべきである。

(5)  休業補償について、休業期間を二〇日間としたのは、原告事業所の一部を取りこわし、その床下を堀つて、土砂を取り除き、けたを入れるなどの工事をなし、また、工事終了の際にも、建物を支えている杭を抜きとり、もとどおり補修するために、前後二〇日間は完全な休業の必要があると認めたからである。また補償単価として、休業期間中の月平均純益は前記一か月当りの収益額(荒利益)の四〇パーセント、人件費は右収益額の一四パーセント、営業費は三六パーセント、雑費は一〇パーセントとふみ、右純益および人件費と営業費、雑費の各一割とした。

右のごとく、休業補償として純益のほかに人件費、営業費を補償したのは、工事により営業が全面的に休止される場合においても、収入、仕入れは零であるが、人件費等の経費は支出されるものと考えなければならないからである。それ故にまた、営業損失補償金は、荒利益を基礎として算出されるものというべきである。

なお、営団側の右の計算によれば、経費、すなわち、荒利益から純益を差し引いた金額は、一二二万六、〇〇〇円となるのに対し、原告は、諸経費として合計一〇八万九、八〇二円と計算しているが、右諸経費の中には材料費五五万六、一九一円が加算されているので、これを控除すれば、経費は、四八万三、六一一円であり、営団側の計算は、原告のそれに比べ七四万二、三八九円多くなる。したがつて、営団が認定した売上高のなかに前叙のごとく原告の主張する立替金等七三万六、八三一円が含まれているとはいえ、それによつて一か月当りの収益額に差異を生ずるものではない。

(6)  原告が支給された「営業補償金」中に建物改造のための贈与金が含まれていないことは、さきに述べたとおりであるが、なお、この点についてふえんすれば、原告は、当時の営団理事加藤清一に働きかけ、同人に建物改造費を補償することを承諾させた旨主張するが、営団においては、副総裁を委員長として理事、監事等の役員一〇名を委員とする鉄道用地関係促進委員会が設置されており、同委員会において、個別的に補償額の算出根拠を検討し、最終的にその金額を決定するのであり、原告に対する補償金額も、同委員会にかけられ、審議の結果、前記のように決定されたものであるから、原告の右主張は、排斥すべきである。

以上の次第であるから、原告の支給された「営業補償金」は、旧所得税法九条一項四号所定の事業所得に、また、「土地一時使用料」は、同条一項三号所定の不動産所得に各該当するものというべく、原告の本訴請求は、その理由がない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

本件更正処分および賦課決定の経緯が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

原告は、まず、営業損失補償金のごとき収入は、旧所得税法九条一項四号の事業所得に該当しないと主張し、被告がこれを事業所得と認めて行なつた本件更正処分および賦課決定の違法をいう。しかし、かかる主張は、金額の点はともかくも、原告が自ら営業損失補償金をもつて事業所得と申告していることに徴し、失当たるを免がれない。そればかりでなく、もともと、一時的な収入にも課税し、また、雑損控除を認めている旧所得税法のもとにおいては、同法九条一項四号の事業所得を原告主張のようにいわゆる事業の遂行により生ずべき継続的収入にのみ限定すべきいわれはなく、「当該事業の全部又は一部の休止、転換又は廃止により当該事業の収益の補償として受ける補償金その他当該事業に関して受ける収入金の額で、当額事業の遂行により生ずべき法九条一項四号に規定する所得の収入金額に代る性質を有するもの」もまた、右の事業所得に含まれる(同法施行規則七条の一一参照)ものと解するのが相当であり、かく解することが憲法の保障する租税法律主義に違反するものでないことは、いうまでもない。それ故、原告の右主張は、採用の限りでなく、また、旧施行規則七条の一一の規定自体が憲法に違反する旨の主張も、その実質は、右規則条項の解釈を争うに尽き、違憲の主張とは、認められない。

原告は、次に、前記「土地一時使用料」は、その支給の対象たる土地について原告が借地権を有していないのであるから、旧所得税法九条一項三号の不動産所得ではなくして同条一項九号の一時所得であると主張する。なるほど、当該所得がいかなる種類の所得に該当するかは、その形式又は名目の如何にとらわれることなく、その経済的実質に着目して判断すべきことは、所得税法の採用する実質課税の原則ないしは租税公平負担の原則からみて当然であるといわなければならない。しかし、原告が訴外町田新一郎から事業所の建物を賃借することによつてその敷地たる右土地を使用していることは、原告の自ら認めて争わないところであるから、原告は、右土地について占有権を有しているものというべきであり、証人中村丹治(第一回)および武田良の各証言によれば、前記「土地一時使用料」は、原告において右土地の使用ができなくなつたことに対する補償として支給されたものであることを認めるのに十分であるから、その余の点について判断を加わえるまでもなく、旧所得税法九条一項三号所定の不動産所得に該当するものというべく、原告の右主張もまた、排斥すべきものとする。

そこで、進んで、原告が営団から支給された「営業補償金」二、〇九七万二、七〇一円のうちその主張に係る三六九万〇、四六五円を超える部分が真実地下鉄工事によつて蒙るべき営業上の損失に対する補償金であつて事業所得に該当するかどうかについて判断する。

〈証拠省略〉によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、営団の地下高速鉄道路第五号線津久土工区の地下鉄工事は一九か月間にわたり、凾型トンネル工法と称する、トンネルの両側に鋼矢板を打ち込み、上土を取り除き、覆工板を施す方法によつて行なわれるものであり、右工事の施行に伴い関係者に対してなされる補償は、「土地収用補償」、「地下補償」、「建物撤去移転補償」、「建物曳家補償」、「建物下受補償」、「借家借間人移転補償」、「付属物件移転補償」、「営業損失補償」、「用地外土地使用料」、「引越料」、「仮住居補償」、「見舞金」の一二種類であり、そのうちの「営業損失補償」については、「当該事業者の申告並びに営業の実態を調査し、その他の資料を参考として基本額(収益額)を算定し、これを基準にして撤去、曳家、下受等による営業休止期間の損失補償と営業低下に対し一定期間につき減歩補償する」旨が営団の内規によつて定められていること、原告の事業所については、前記建物の敷地四五坪(一四八・七六平方メートル)のうち道路に面する調理室および玄関の部分二・三八坪(七・八六平方メートル)につき、その床下を掘つて土砂を取り除き、けたを入れるなどの工事を行ない、また、工事終了後も、建物を支えている杭を抜き取り、もとどおり補修するために前後二〇日間を必要とすることとなつていたところ、営団の係員中村丹治、武田良らは、前叙のごとく、原告の事業所の前面道路において相当長期にわたり地下鉄工事が施行され、しかも、そのうちの前後二〇日間は休業を余儀なくさせることとなるので、その損失補償のために、昭和三七年五月ごろ、原告の事業所に赴き、かねて売上帳簿を調査した結果に基づき、原告に対し営業損失補償金として収益額の二〇ないし三〇パーセントに当たる九八〇万円なる数字を示したところ、原告は、右係員に対して、顧客が一流会社・銀行の固定客であり、工事期間中は自動車の乗入れが困難で、しかも、そうぞうしいために顧客の逸散する恐れがあり、一旦失つた顧客は容易にとりもどせないので、工事期間中顧客をつないでおく方策として自宅で営業を続けたいから、是非そのための改造費を出してほしいと要請し、係員から制度上かかる補償はできないと拒否されるや、その日に、人を介して営団の用地補償担当理事であつた加藤清一を柳橋の料亭「つるのや」に招待し、同人に対して右と同様の実情を打ち開け、総額二、〇〇〇万円位いの補償金を出してもらうよう懇請し、その旨の内諾を得、その後も同年六月二八日ごろまでの間七、八回にわたり、「ホテル・オークラ」、「夕霧」、「御園」等で同人と会合し、その間、前記中村らは、右加藤の命を受けて、数回にわたり原告の事業所を訪れ、売上高等を再調査し、原告本人から帳簿につけていない現金売上げが月平均三、四万円あることを聞いて、簿外売上高として一日平均一万一、〇〇〇円、営業日数一か月二六日、月平均二八万六、〇〇〇円を計上し、これらの売上高から月平均顧客数を割り出し、かつ利益率を営業別所得率等資料の割烹旅館の利益率六三・五パーセントによることとし、減歩率を五二パーセントみて、被告主張のごとく、原告の昭和三七年一月から五月までにおける月平均の売上高を帳簿記入売上高二五三万七、九九四円に簿外売上(現金売上)高二八万六、〇〇〇円を加算した二八二万三、九九四円、右売上高から麻雀席料一人当り六五〇円(この点は、原告本人のいうままに認めた。)に顧客数一〇五〇を乗じた六八万二、五〇〇円を控除した金額の六三・五パーセントに当たる一三五万九、八四八円と右麻雀席料の合計二〇四万二、〇〇〇円(但し、三四八円は切り捨て。)が一か月当たりの収益額であり(そのうち一四パーセントの二八万、五八八〇円が人件費、三六パーセントの七三万五、一二〇円が営業費、一〇パーセントの二〇万四、二〇〇円が雑費、四〇パーセントの八一万六、八〇〇円が純益-右のパーセンテイジは、いずれも、営団係員が原告本人から聞いた結果に基.づくものである)、これに顧客の減少による減少率五二パーセントを乗じた金額の工事期間一九か月分に当たる二、〇一七万四、九六〇円が減歩補償金、また、休業期間中の一か月当たりの純益八一万六、八〇〇円と人件費一八万五、八八〇円に営業費七三万五、一二〇円、雑費二〇万四、二〇〇円の各一割を加算した金額の三〇分の二〇に当たる七九万七、七四一円が休業の補償金、右減歩補償金と休業補償金との合計二、〇九七万二、七〇一円をもつて営業損失補償金と算定し、この金額が、所定の手続を経て、「営業補償金」の名目で、同年七月一〇日以降二回にわけて原告に支給されるにいたつたこと、しかし、いわゆる簿外売上(現金売上)高は前叙のごとく月平均三、四万円にすぎないばかりでなく、忙しい時応援に来てくれる原告の母上見ユキに手伝いの報酬として支払われていたものであること、なお、原告は、その懇請が容れられて多額の補償金が支給されるにいたつたことに対する謝礼として、前記加藤と中村に高級の腕時計各「個(総額三五万円相当)を贈り(もつとも、加藤は、昭和三九年四月ごろ原告より右の費用を経費として税務署に申告するからその旨了承されたいとの連絡があつたことから、これを返還し、中村も、本件訴訟が提起されるに及び返還している)、また、原告は、第一回の分割金が支払われたとき、加藤に頼まれて、同人に三五〇万円を貸し付けたが、当時、原告としては、該貸付けは、加藤の厚意にむくゆるものであるので、返済されないことがあつても致し方ないと考えていたこと(もつとも、右貸借については、弁済期昭和八年七月三一日、利息五分五厘と記載した借用証書と担保として株券が差し入れられていて、約二年後には元本が返されてはいるが、それは、主として原告が弁護士永山栞にさとされて督促するようになつたことによるものであり、しかも、その督促に対し、加藤は、原告に「あなたには恐ろしい人がついていますね。」とか「よくもそんなことが言えるものだ。」等といやがらせをいつた事実がある)こと、また、原告は、営団から支給された金員のうちから約八〇〇万円を投じて自宅を改造し、同年一一月二四日から翌三八年五月一八日ころまで、そこで麻雀業を開業していたことを認めることができ、〈証拠省略〉右認定に反する部分は、その余の証拠に照らしてにわかに措信することができず、他に右認定を左右するに足る的確な証拠はない。

しかして、以上認定の事実関係のもとにおいては、簿外売上高平均二八六万円の算出根拠及びその全額を所得とし、また、減歩率を当初の二〇ないし三〇パーセントから一挙に五二パーセントと認定したことの理由が極めて曖昧であることからみて、前記「営業補償金」二、〇九七万二、七〇一円の全額が営団の正規の営業損失補償基準に従つて算定されたものではなく、多分に、当時営団の用地補償担当理事であつた前記加藤清一が、原告の懇請を容れ、その要求する程度の金額を営団に支出させるため、本来営業損失補償金としては支給することのできないいわゆる自宅改造費をも含めて算定されたものと算定されたものと推認するに十分である。しかし、右の自宅改造費なるものが、事業拡張のための費用とか専ら居住の用に供する家屋を修繕するための費用のごとく、その性質上、地下鉄工事によつて原告の蒙るべき営業上の損失に対する補償とは全く無縁のものであれば格別、少なくとも、前叙のごとく、原告としては、営団側の正規の営業損失補償基準に従つた補償金額をもつてしては償いえないものと思料した・顧客の喪失という地下鉄工事により工事期間満了後も将来にわたつて蒙ることあるべき営業上の損失を防止するための費用としてその支給を要請し、現にその目的のために費消したものであり、また、加藤としても、前叙のごとく原告の右要請を容れ、その趣旨にそわんがためにこれを支給させることとしたものである以上、なお、営業損失補償金の一部であるというほかなく、したがつて、被告が前記「営業補償金」二、〇九七万二、七〇一円全額を営業損失補償金であると認定したことをもつて敢えて違法と断ずることは許されない。そして、このことは、右金額の決定にあたり、営団の関係役員によつて構成されている鉄道用地関係促進委員会がこれを営業損失補償金として承認し〈証拠省略〉原告もまた営団に対して該金員が営業補償金であることを異議なく承認する旨の書面〈証拠省略〉を差し入れ、これを営業損失補償金として受領したことが、仮り単なる手続上の形式を整えたにすぎないものであると考えた場合においても、その結論に異同をきたすものではない、

なお、原告が営業損失補償金として右二、〇九七万二、七〇一円の収入を得ている限り、その金額算定の適否を論ずるまでもなく、その金額が当該年度の所得として課税の対象とされることは多言を要しないところである。

よつて、原告の請求は、失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 中平健吉 渡辺昭)

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